自分らしさとは何でしょうか。私たちは、どの時代でも、自分らしさを追求するのでしょうか。自分らしさを追求していくと、どんなことがあるのでしょうか。このコラムでは、私たちがどのようなときに自分らしさを感じ、自分らしさを必要とするのか、そして自分らしさを高める方法について、心理学的に考えていきます。
前回のコラムでは、自分らしさ、ありのまま、という言葉は、多くの人に届くけれど、定義しづらいことが分かりました。言い換えれば、感覚的に、なんとなく理解できるけれど、「あなたらしさは?」と聞かれると、はっきりとは答えにくい。
ちなみに、カウンセラーに「趣味は何ですか?」と聞かれたとすると、答えづらいと思います。趣味と言われてしまうと、とても好きなものか、とても上手なものか、どちらかを答えなければならないような気がするからです。ですから、カウンセラーは、「休日に何をしていますか」「自由な時間に何をしていましたか」なんて聞いてきます。
今回は、いくつか心理学の文献を紐解きながら、心理学で「自分らしさ」がどのように定義されているのか、振り返っていきます。
自分らしさに最も近い概念は、本来感、という概念です。もともとは哲学で作られたもので、Authenticity と言い、アリストテレスから始まり、ニーチェやサルトルまでこの言葉の意味を探求していました。
この形容詞であるauthenticは、辞書で調べると、本物だと信頼できる、といった意味が書いてあります。例えば、探偵物語やサスペンスで、この名画は本物か偽物か、といった話があるとします。その画家本人が書いた本物の絵は Authentic で、それを真似して描いた偽物は、Fake と表現されたりします。
さて日本でも、この本来感を測定する尺度があります (伊藤 & 小玉, 2005)。ここでは本来感を「自分自身に感じる自分の中核的な本当らしさの感覚の程度」と定義して、尺度を作成しています。この尺度項目を見てみると:
1 いつも自分らしくいられる
2 いつでも揺るがない「自分」をもっている
3 人前でもありのままの自分が出せる
4 他人と自分を比べて落ち込むことが多い
5 自分のやりたいことをやることができる
6 これが自分だ、と実感できるものがある
7 いつも自分を見失わないでいられる
よく読んでみると「自分らしくいられる」「自分を持っている」「自分が出せる」「自分を見失わない」という表現があり、肌感覚では理解できる項目ばかりです。一方で、どんなときに自分らしくいられたのだろうか、自分が出せたエピソードは何だろうかと、深く考え出すと止まらなくなってしまうかもしれません。
少し話がそれますが、感情的労働がきついのは、この「本来感」が出しにくいからかもしれません。感情的労働とは、お客さんの精神を特別な状態に導くために、自分の感情を誘発、または抑圧することを職務にする労働です。比喩的にいうと「自分を殺す」仕事です。例えばクレーム対応とか、フライトアテンダントなどが、代表的な感情的労働として挙げられます。
自分らしくいられることが再現できれば、もしくは、自分らしさを出せる状況が分かれば、わたしたちはもっと「自分らしく」なれるのではないでしょうか。今回は「本来感」を取りあげて、自分らしさについて考察してみました。
伊藤正哉, & 小玉正博. (2005). 自分らしくある感覚 (本来感) と自尊感情が well-being に及ぼす影響の検討. 教育心理学研究, 53(1), 74-85.
文:宮崎大学 HIKARI Lab監修 小堀修